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大阪高等裁判所 平成7年(行コ)73号 判決

控訴人 四代目会津小鉄

被控訴人 京都府公安委員会

代理人 山元裕史 山崎裕之 山垣清正 河合裕行 谷岡賀美 田中實 長田賢治 高沢則雄 ほか七名

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件各訴えをいずれも却下する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  主位的請求

被控訴人が、平成四年七月二七日、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(平成五年法律第四一号による改正前のもの、以下「暴対法」という。)三条に基づいてした控訴人を指定暴力団として指定する旨の処分(以下「本件指定処分」という。)を取り消す。

3  予備的請求

本件指定処分は、無効であることを確認する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原判決の引用

次のとおり補正するほかは、原判決事実摘示関係部分に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四頁九、一〇行目の「各常任委員会である地方行政委員会等」を「地方行政委員会等の各常任委員会など」と改める。

2  一五頁六行目の「これを」を「これが」と改める。

3  八〇頁九行目の「創始」を「創設」と、同一〇行目の「活動実態」を「もの」と改める。

二  当審の附加主張(訴えの利益について)

1  主位的請求について

(一) 控訴人の主張

暴対法八条一項は、「提訴の除斥期間」を定めたものであるから、控訴人には本件指定処分の取消しを求める訴えの利益がある。

本件指定処分に基づいてなされる中止命令等の続行処分が存在し、これらの続行処分は、本件指定処分が失効しても期限の定めなく存続しているため、その限度で本件指定処分は存続している。また、控訴人は、本件指定処分が違法であることを理由に国家賠償請求訴訟を提起して、本件指定処分の効力を争っているから、本件指定処分の取消しを求めるべき法律上の利益はなお存続する。

仮に、暴対法八条一項所定の期間が被控訴人の主張するように「実体判決確定の除斥期間」と解されるならば、同条項は憲法三二条の規定する裁判を受ける権利を侵害する違憲なものである。

被控訴人は、原審において、審理を妨害し、裁判を遅延させておきながら、訴えの利益喪失の主張をしているが、これは訴訟上の信義誠実の原則に違反している。

原判決は、重要な事項について判断を遺脱しており、このような場合には、実体判断を受けるという当事者の利益は保障されなければならないから、訴えの利益の有無にかかわらず本案判決を行うべきである。

(二) 被控訴人の主張

本件指定処分は平成七年七月二六日の経過とともに、その効力を失った。

そして、控訴人は、本件指定処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有しないから、本件訴えは却下されるべきである。

暴対法の規定に基づく中止命令等は、指定された暴力団の構成員(以下「指定暴力団員」という。)及び指定暴力団員以外の自然人に対してされるものであるが、中止命令等を受けた控訴人の構成員と控訴人とは別個の存在であるから、右命令を受けた控訴人の構成員の権利利益の侵害を理由として本件指定処分の取消しを求めることはできない。

仮に、右中止命令等が当該指定暴力団員等の権利利益を侵害するとしても、それは当該指定暴力団員等が中止命令等の取消しを求める訴えを提起し、その訴訟の前提問題として、本件指定処分の適否を争うことができるのであるから、本件訴えの法律上の利益を基礎づけるものではない。

また、控訴人が国家賠償の請求をするには、予め本件指定処分について取消判決を得ておく必要はないから、控訴人の主張は理由がない。

2  予備的請求について

(一) 控訴人の主張

仮に、本件指定処分の効力期間が経過したことにより同処分の取消しを求める利益がないとされる場合には、無効確認訴訟の補充訴訟的機能によりその確認の利益が生ずることになる。

(二) 被控訴人の主張

行政処分の無効確認の訴えは、当該処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者でなければ提起することができない。本件指定処分は期間の経過により効力を失い、しかも控訴人には回復すべき法律上の利益がないから、控訴人は、本件指定処分の無効確認を求める法律上の利益を失った。

第三当裁判所の判断

一  基礎となる事実

暴対法制定の経緯、本件指定処分に至る経緯等の事実は、原判決「第四 事実認定」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

ただし、原判決九九頁七行目の「次々」を「次々と」と改める。

二  主位的請求について

1  被控訴人が、平成四年七月二七日に、控訴人に対して、暴対法三条の規定に基づいてした本件指定処分は、平成七年七月二六日の経過により、三年間を経過してその効力を失った(暴対法八条一項)。

ところで、行政処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができ、行政処分の効果が期間の経過により消滅した後においても取消しの訴えを提起できるのは、その後も取消しによって回復すべき法律上の利益を有する場合に限られる(行訴法九条)。

本件では、本件指定処分の効果は、期間の経過により消滅した。そして、その後においては、本件指定処分を理由に、控訴人が暴対法等の法令の規定上、不利益に取り扱われることを定めたものはなく、控訴人は、本件指定処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するものと認めることはできない。

したがって、主位的請求にかかる本件訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものである。

2  控訴人は、本件指定処分の有効期間中に控訴人の構成員が受けた暴対法に基づく中止命令等の行政処分が存在するから、本件指定処分の取消しを求める法律上の利益を有すると主張する。

しかし、暴対法の規定に基づく中止命令等の行政処分は、指定された暴力団の構成員及び同団員以外の自然人に向けてされるものである。したがって、右行政処分の名宛人と控訴人とは、法律上もともと別個の存在であるから、右行政処分を受けた者の権利利益の侵害を理由として本件指定処分の取消しを求めることはできない。

しかも、右中止命令等の行政処分の名宛人は、その権利利益の侵害を理由として、独自に同処分の取消しを求める訴えを提起することが可能であり、その訴訟の前提問題として本件指定処分の違法性を争うこともできる。この点からいっても、右処分を受けた名宛人が存在することをもって、控訴人の回復すべき法律上の利益を基礎づけることはできない。

3  控訴人は、国家賠償請求をしていることを理由に本件指定処分の取消しを求める法律上の利益があると主張する。

しかし、行政処分が違法であることを理由に国家賠償請求をするには、予め当該行政処分について取消判決を得ておく必要はない(最判昭和三六・四・二一民集一五巻四号八五〇頁)。

したがって、国家賠償請求をしていることをもって本件指定処分取消しの訴えの法律上の利益をいうことはできない。

よって、控訴人の主張は理由がない。

4  控訴人は、暴対法八条一項所定の期間の経過により、本件指定処分の取消しを求める訴えの利益が消滅するとするならば、同条項は憲法三二条の規定する裁判を受ける権利を侵害する違憲なものであると主張する。

しかし、憲法三二条は、訴訟の当事者が訴訟の目的たる権利関係につき裁判所の判断を求める法律上の利益を有することを前提として、かかる訴訟につき本案の裁判を受ける権利を保障したものであって、右利益の有無にかかわらず常に本案につき裁判を受ける権利を保障したものではない(最判昭和三五・一二・七民集一四巻一三号二九六四頁)。

そして、暴対法を制定するに当たり、当該法律に基づく本件指定処分の効力を一定の期間にかからせ、同期間が経過することにより効力が消滅するとすることは、立法府の裁量の範囲内の事項であるものというべきである。

したがって、本件指定処分の効力が期間の経過により消滅することにより、その反射的効果として、本件訴えが法律上の利益を欠くに至り不適法となったとしても、そのことが直ちに憲法の保障する裁判を受ける権利を侵害する違憲なものとなるものではない。

控訴人の右主張は理由がない。

5  控訴人は、被控訴人は、原審において、審理を妨害し、裁判を遅延させておきながら、訴えの利益喪失の主張をしているが、これは訴訟上の信義誠実の原則に違反すると主張する。

しかし、被控訴人が、原審において、審理を妨害し、裁判を遅延させたことを認めることはできないから、控訴人主張はその前提において既に理由がない。

6  控訴人は、原判決は、重要な事項について判断を遺脱しており、このような場合には、実体判断を受けるという当事者の利益は保障されなければならないから、訴えの利益の有無にかかわらずなお本案判決を行うべきであると主張する。

(一) 訴えの利益が存在することは、本案判決の前提である訴訟要件であるから、同要件が存在するとはいえない以上、本案判決を求めることはできない。

したがって、控訴人の右主張は理由がない。

(二) また、原判決が重要な事項について判断を遺脱するなど、裁判において実体判断を受けるという当事者の利益を侵害するような内容の判決であると認めることはできないから、この点においても、控訴人の主張は理由がない。

すなわち、控訴人は、原判決は控訴人の「立法事実に関する主張」について判断を逸脱していると主張するが、原判決が、控訴人による暴対法等が違憲である等の主張について判断するに際して、前記一項の引用にかかる立法事情を始めとする立法事実に関して検討し、判断を加えていることは明らかである。したがって、判断に遺脱がある旨の控訴人の主張は理由がない。

また、控訴人は、原判決は控訴人の「暴対法二条二号の暴力団に該当する被控訴人に指定権限を付与した暴対法三条の違憲性を根拠とした本件指定処分自体の違憲性に関する主張」について判断を遺脱していると主張する。しかし、控訴人の右主張は、その主張の内容に照らし、いずれも暴対法及び本件指定処分が違憲又は違法であることを根拠づけるものとはいえず採用できない。原判決が控訴人の右主張を排斥する趣旨であることは、その判決理由からして明らかである。したがって、判断に遺脱がある旨の控訴人の主張は理由がない。

三  予備的請求について

行政処分の無効確認の訴えは、当該処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者でなければ提起することができない(行訴法三六条)。

本件では、前示のとおり、本件指定処分の効果は期間の経過により消滅しているから、控訴人は、本件指定処分の無効の確認を求める法律上の利益を有するものでないことが明らかである。

したがって、予備的請求にかかる本件訴えは、確認の利益を欠く不適法なものである。

控訴人は、本件指定処分の有効期間中に控訴人の構成員が受けた中止命令等の行政処分が存在していること、別訴として控訴人が国家賠償請求訴訟を提起していることなどを、法律上の利益を根拠付ける事由として主張するが、これらの主張に理由がないことは、主位的請求に対して判断したところと同様である。

第四結論

以上のとおり、本件各訴えは時の経過により原判決口頭弁論終結直後、言渡前にいずれも不適法となったものである。よって、主位的請求について本案判決をした原判決を取消し、本件各訴えをいずれも却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川義春 小田耕治 杉江佳治)

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